フクダ・アンド・パートナーズ(F&P)は、東日本大震災での物流施設復旧の経験から、物流施設づくりの知見を取り入れ、オフィスと防災施設を兼ね備えた防災型リバーシブルビル「仙台長町未来共創センター」を2022年に完成させた。それから間もなくして、同じ東北の地である福島県郡山市に、平常時に人の暮らしを支える「物流施設」と災害時に人の命を守る「防災機能」を併設する、環境配慮型の物流施設を核とした街づくりとして「福島郡山LLタウン」開発を始動。その1棟目として、2025年9月に「福島郡山LLタウン棟(B敷地)」が誕生した。併設する「福島郡山未来共創センター」には、防災型リバーシブルビルの機能を取り入れている。「物流は人の生活を支えているライフラインそのもの。人と人とのつながりなくして、ライフラインは維持できない」と語る福田哲也社長。よりパワーアップしたリバーシブルビル開発について、福田社長の想いや、実現までの人と人の「縁」についても語ってもらった。
※「福島郡山LLタウン棟(B敷地)」の詳細は後編で紹介。
(取材日:2025年11月14日、於:東京都内F&P本社)
東日本大震災での経験通じ物流はライフラインと痛感
―― 「仙台長町未来共創センター」が竣工して3年半ほどが経ちますが、その後の動きは。
福田 仙台長町未来共創センターには、開業以来1700人を超える方々が視察に訪れています。上場企業や電力会社、県や国の行政機関の関係者に加えて、最近は修学旅行生が訪れてくれるようにもなっており、東日本大震災の伝承や企業BCP・企業防災を学ぶ教育の場として他県からも学生が学びに訪れる場になっています。
東日本大震災での経験から学んだことをどのように活かしているか、どんな考えに基づいて設計され、運営上何を大切にしているのか、そして人間関係がなぜ重要で、地域のつながりを継続・維持するにはどんな努力が必要か。実際に施設を見ていただきながら、こうしたことを当社の社員が具体的に説明しています。
また、施設のコンセプトやこうした取り組みなどを評価いただき、ふるさと財団から「ふるさと企業大賞(総務大臣賞)」を受賞しました。
―― 施設の開発や運営にとって人間関係や地域とのつながりを構築・維持することが大切なんですね。
福田 そうです。東日本大震災を通じて、それぞれの役割や機能を持った人が助け合わなければ人の命も生活も守れないということを強烈に学びました。だからこそ、仙台長町未来共創センターは、単に備蓄品を保管している防災施設ではありません。
人のつながりを施設の核として育てていくことを最も重視しています。東北大学や仙台市の経験や知識をお借りして施設を整備し、丸和運輸機関様とは備蓄品の搬送に関する協定を締結。災害時には帰宅困難者を受け入れる施設ですので、けが人発生に備えて仙台市立病院や近隣のクリニックとの関係性を深めていますし、消防や警察ともすぐに連絡連携できる関係性を日ごろから構築するなど、つながりの輪を広げています。施設をつくるときも多くの人と「共創」しましたが、運営段階になってもなお、「共創」を続けています。
―― 仙台長町未来共創センターの竣工時に、丸和運輸機関の和佐見勝社長との縁が大事だということをおっしゃっていましたね。
福田 和佐見社長が東北丸和ロジスティクスのオフィスを構えてくださっただけでなく、多数の人が集まって研修や会議ができる大きなスペースをつくってくださったことで、BCPや防災について議論したり、防災イベントを開催したり、修学旅行生が東日本大震災の教訓を学びにきたりする場になっています。本当にありがたく、感謝しています。BCP物流を強化している丸和運輸機関様との「共創」を実現していると言えますね。
―― やはり東日本大震災での経験が、人と人とのつながりによって実現される防災型リバーシブルビルの開発・運営の大きな原動力になっていると。
福田 そうですね。東日本大震災の時は、店舗でおにぎりやパンが1人1個しか買えない状況で行列ができていて、早く「物流」を正常化することが最大の課題でした。食品小売りの物流施設で泥まみれの床を清掃し、倒れた棚を復旧し、電線や分電盤を探すことに奔走しました。デジタルソーターを走らせたい、自動倉庫を動かしたいという思いはあっても、結局はマニュアルピッキングで出荷していくことになる。その現実に直面したとき、電気がいかに大切かを知りました。
そうして物流施設から出荷されたおにぎりやパンが店に並んだときには、涙がとまりませんでしたし、物流は人の生活を支えているのだと、心に強く刻みました。
―― 災害時に、人々が命をつなぐための食品の物流施設の早期復旧支援をしたことは貴重な体験だったわけですね。
福田 実際、ある避難所にいた方に伺うと、50人いるのにバナナが1本しかないという瞬間が2日目に起き、50等分することを真剣に悩んだそうです。想定以上の人数の避難者が集まれば、そういう事態は起こり得ます。備えてはいても足りるかどうかは、被害の大きさや時間の経過、人の集まり方という、想定しづらい要素に左右される。だからこそ、助け合う仕組みづくりが何より大事です。事前に誰がどのように助け合うか、役割を決めておくことが大切で、特に、「物を運ぶ」役割は想定外の不足を補える重要な役割です。
震災直後、早期に食料や生活必需品を必要な場所へ届けるということが、とても大事だと痛感しましたからね。「物流」は人の生活を支え、命そのものを守る「ライフライン」なのだと強烈に感じました。この経験から、現在開発している「福島郡山LLタウン」のLには、生活を支えるLogistics(物流)と、人の命を守るLife-line(ライフライン)の意味を込めました。私たちの想いを体現するネーミングです。
自ら資金調達して開発事業に挑戦していく決意
―― 「福島郡山LLセンター」実現に至るまでには相当なご苦労があったと思いますが、実現までの経緯は。
福田 私たちは設計事務所業が本業ですから、基本的には自社で開発事業を継続的に行うという考えはありません。よって、今回の開発用地を提案いただいた会社には2度お断りしています。
ところが、どうしてもということで現地を視察したところ、高速道路のICのすぐそばに陸上自衛隊郡山駐屯地があるのを知りました。その瞬間、「この立地は広域防災連携に役立つ可能性がある」「これは私がリーダーシップをとってやらなければならない」と使命感を持ちました。
まず、デベロッパーとしてプロロジス様に相談しました。そして、「物流」で平時も災害時も人の暮らしを支えているヤマト運輸様に提案をしたところ、立地の評価をいただき、福島郡山LLタウンの事業企画を具体的なものにできました。
―― 実際に現地に行かれてみて、国のレジリエンスに広域連携で役に立てるのではないかという仮説が立ったわけですね。
福田 はい。IC直結であり、さらに高規格道路で磐越自動車道に接続すると、西は新潟経由で大阪に行ける。東はいわき市につながり、小名浜港がある。磐越自動車道を活用することで、常磐自動車道、東北自動車道、関越自動車道、上信越自動車道と、4つの高速道路で、首都圏ともつながります。
<多様なモードが利用可能で各都市へのアクセスに優れるLLタウン>

さらに福島空港や、JR貨物の駅もあり、陸・海・空・鉄道と、さまざまな交通手段の選択肢が揃っています。「北・北関東」とも言える郡山は、首都圏の大災害にも、東北で震災が起きた際にも、東北6県の玄関口として首都圏との結節点になり得ます。国のレジリエンスに役立つなら、自分がプロジェクトマネジメントリーダーとして旗を振り、事業を構築するのが役目だと感じました。
そうしてプロロジス様とヤマト運輸様に提案・相談し、お二方から好立地との評価を得て、自ら資金調達し事業をすると意思を決定しました。万が一その2社が難しい場合でも、地域の役に立つ施設はリスクを負ってでも必ずつくる、と決めたのです。
協定提携した5者を基盤に防災連携の輪を広げる構想
―― 防災型リバーシブルビルとしてはLLタウンが2件目ですが、今後の展開についてのお考えは。
福田 まずは福島郡山LLタウンをしっかりと完成させていくことが最優先です。現時点では福島郡山LLタウン棟(B敷地)が完成し、稼働。次は、プロロジスパーク郡山1(A敷地)です。プロロジス様のC・D敷地、(株)福島郡山LLタウンのE敷地は建設中です。
2028年の夏ごろを目標に、この4棟をしっかり完成させ、企業誘致をやり切り、広域物流、地域物流、防災連携で、地域を支える街にしていきたい。さらに、次世代物流の自動運転拠点や水素トラックなどの活用も機能として組み入れられないか、チャレンジしたい。
プロジェクトマネージャーとして、設計事務所として、そして地域間調整を担う者として、責任を持って進めます。郡山市、ヤマト運輸様、プロロジス様、NTT東日本様と5者で災害支援協定を結びましたので、災害を想定した訓練を継続的に実施し、さらにこの防災連携の輪を福島県内に広げ、地域を守る拠点のモデルとしていきたいです。
―― ほかの地域での防災型リバーシブルビルの展開の可能性については。
福田 今後、私たちの営業拠点がないエリアであっても、あるいはそういった地域から求められることがあれば、LLタウンの構想や仕組みも他地域にも応用できると考えています。私たちは、企画事業や設計者、あるいはプロジェクトマネジメントリーダーとして役割を担うことができます。デベロッパーとともに街づくりに参画することも考えられます。現時点で具体的な計画はありませんが、ご縁があれば私たちの経験値を生かして取り組み、国全体のレジリエンスに貢献できると考えています。
―― 「福島郡山LLタウン」では5者で災害支援協定を締結されましたが、協定ではヤマト運輸が支援物資を運ぶという枠組みになっていますね。
福田 はい。平時・災害時の両方において、郡山市からヤマト運輸様への期待は高いですね。特に、災害時に郡山市の避難所へ災害支援物資配送をするという点は非常に喜ばれています。こうしてプロに任せ、市民を守る約束をしておくことは心強いですよね。
また、当社の備蓄型・組立式・個室トイレ「ほぼ紙トイレ」を避難所に運んでいただくことにもなっています。ヤマト運輸様はすでに福島県とも災害時の「包括契約」を締結されていて、地域にも広域にも人の暮らしを支えていると思います。
―― 災害訓練も定期的にやることが重要になってきますね。
福田 その通りです。仙台長町未来共創センターでも継続しているように、福島郡山LLタウンでも、災害支援協定を結んだ皆さんと一緒に定期的に訓練を行う予定です。
完成した福島郡山LLタウン棟(B敷地)を中心に、テナントであるヤマト運輸様や、今後決まっていくテナント企業の皆様と一体となって取り組みたいと思います。福島郡山LLタウン棟(B敷地)とプロロジスパーク郡山1(A敷地)の施設管理を担う「株式会社福島郡山LLタウン」という会社が防災訓練のリーダーシップを執っていければと考えています。
国が予算確保し物流企業に災害支援物資の委託保管を
―― 最後に今までを振り返りつつ、福田さんが伝えたい思いや議題についてお聞かせください。
福田 災害大国である日本では、いつ大規模な災害が起きるかわかりません。国や行政に頼り切らず「自分たちで自分たちを守る」「地域で助け合う」ための準備が必要です。計画が万全でも想定外のことは起こり得るため、災害時に助け合う仕組みや助け合い方を事前に決め、リスクを最小限に抑えることが重要だと考えます。その仕組み作りの中に、物流施設や「物を運ぶ」物流の機能を有効に活用すると良いと思います。物流施設にはハンドリフターやフォークリフト、物を運ぶトラックがあり、場合によっては避難に利用できる広いスペースもあります。
行政の災害支援物資の保管を物流のプロに委ねることは非常に効率的であり、災害時には物資を運んでもらう防災協定を締結しておくと良いと思います。予算がないからと人里離れた廃校に災害時の備蓄品を置くのではなく、災害時に有効と思われる拠点を定め、プロに費用を支払い、最小限の災害支援物資を保管して運んでもらう。また、想定外の避難者が来た場合には周辺地域から物資を調達し、運んでもらうことを予め取り決める。
こうした広域防災連携づくりに、行政・企業・物流会社が一体となって取り組むことが有効ではないかと考えます。そして、災害支援物資の保管費用に対する物流会社への支援金があると、取り組みを進めやすいのではないかと思います。
さらに、「止まらない物流」の実現も重要で、太陽光発電などの再生可能ネルギーや、蓄電池の活用による「電気の消えない物流施設」も非常に有効であると考えられます。そうした拠点が地域ごとにネットワークとして広がっていくことが望ましく、私たちも設計事務所・プロジェクトマネジメント会社として、国のレジリエンスに貢献するネットワークづくりに貢献していきたいと思います。
―― 「喉元過ぎれば」ではないですが、災害は発生から時間がたつとだんだん忘れていく側面がありますね。
福田 その傾向は確かにありますが、災害を経験した人や地域、上場企業における意識は比較的高いと感じます。一方で、防災意識が低い人や地域もあるため、自治体が防災イベントを活用して継続的に情報発信していくことが望まれます。また、われわれもその役割の一助になりたいと考えています。
■プロフィール
福田 哲也(ふくだ・てつや)
1966年10月19日千葉県生まれ
1989年フジタ工業(現フジタ)入社
退職後、2002年フクダ・アンド・パートナーズ創業
代表取締役社長
現在に至る
■フクダ・アンド・パートナーズ
https://www.fandp.co.jp/
※「福島郡山LLタウン棟(B敷地)」の詳細は後編で紹介。
フクダ・アンド・パートナーズ/郡⼭中央SIC⾄近に広域物流・広域防災拠点竣工








