ヤマトグループから昨年10月、花王に着任し、今年1月に執行役員 SCM部門ロジスティクスセンター長に就任した森 信介氏。物流業界から荷主側へとキャリアを転じたユニークな経歴を持つ。花王は、日用品&化学品メーカーであり業界最大手。自社に卸・物流機能を擁するが、求められているのは新たな視点でのSCM改革。「ロジの立ち位置を、もうワンランク上げたい」と意気込む森氏に、取組みの方向性や信条を聞いた。 (取材日:2025年6月17日、於:花王すみだ事業場)
自動化や拠点政策を推進
意識・組織をアップデート
―― 始めに花王の事業構成について教えてください。
森 花王は日用品、我々はコンシューマープロダクツと呼んでいますが、ファブリック系や食器用洗剤などの「ハイジーン リビングケア事業」と洗顔・シャンプー・歯磨きなど「ヘルス ビューティーケア事業」「化粧品事業」「ビジネスコネクティッド事業」の4事業と、「ケミカル事業」を展開しています。売上比はコンシューマー事業が約8割、ケミカル事業が約2割という構成です。
―― 取り扱い貨物量は、年間どれくらいですか。
森 国内での日用品の取扱量は年間約170万トンあります。ヤマトの宅急便は年間約19億個くらいですが、それとほぼ同じ規模の本数を、花王は自社で動かしています。SKUは多いですが1個1個は小さく、ケースも様々。商品サイズに合わせたパッケージや包材サイズについても議論を続けています。
―― これだけの物量を運ぶ、作業員やドライバーは足りていますか。
森 花王は全国に31の物流拠点があり、パートさんを含め約4000人に作業していただいています。とはいえ、採用が難しい地域も実際にはあって、庫内作業の効率化に向けて「自動化・効率化」に取組んでいるところです。
輸配送面では全国10か所の工場と約8万の小売店を結ぶ自社物流体制を構築しています。このうち積送(工場~花王物流拠点)については、ほぼ100%パートナーや協力会社に委託、物流拠点から小売の物流センターや店舗(顧客)への配送ついては自社の車と協力会社の車を併用している状況です。
―― 自動化といえば、2023年3月に完成した豊橋市の次世代倉庫では無人化を目指しているとか。現況はいかがですか。
森 豊橋ではかなり思い切った投資をして、課題であった最後の1工程、AGF(自動運転フォークリフト)から大型トラックに積込みするところも昨年実用化に成功し、全工程で自動化が実現しております。
<豊橋市の次世代物流施設>
<自動運転フォークリフト実証の様子>
―― 他の花王の物流拠点にも自動化を推進しますか。
森 主要な物流拠点は日用品で24拠点、化粧品で7拠点ありますが、そのほとんどが約30~40年前に当時最先端の自動倉庫を入れて建設したもの。SKUも当時から増えていますが、現場の方たちは本当に頭が下がるくらい工夫し、改善しながらここまで長持ちさせているという状況です。
ただ、豊橋のような拠点が次々とできるかというとそうではなく、やはり人力による瞬発力が必要な部分もあります。そういう拠点にはオール自動化というより、人手でピッキングやハンドリングをしているような工程にロボットを入れるイメージです。首都圏エリアを中心に、そういった部分に投資し、自動化・効率化を進めていきたいと考えています。
一方で、経営側の投資マインドを上げるには、自分たちで原資を生み出していくという考え方も必要です。現在の拠点は、ほとんどが自前の資産ですが、老朽化が進んでいたり、地方では今後あまり物量が伸びない拠点も存在します。今後、資本コストをどのように投下し、拠点自体の投下資本回転率を向上させていくかという経営的な視点を、花王の拠点政策に取り入れていきたいと思っています。
<「ロジに経営の視点を」と森 執行役員>
―― ところで森さんは前職のヤマト時代、「羽田クロノゲート」をはじめ東名大の大型物流ターミナルの立ち上げ等に携わってこられたとか。メーカー(荷主)側の物流責任者となり、これまでと立場が変わったわけですが、着任して半年、心境の変化などはありますか。
森 違和感はないですね。花王ではメーカーの中の物流、いわゆるコストセンター的な位置づけというのを感じることはありますが、ヤマト時代もロジスティクスの領域で2年間、責任者をしていたので現場にもすんなり入れますし、花王のメンバーも分からないことはすぐ教えてくれます。本当に有難いです。
―― 花王としても異業種からの抜擢人事となります。期待も大きいのでは。
森 そうですね。花王は2024年度の連結決算で業績がV字回復しましたが、その前の3年間はコロナ禍の影響もあり、経営的に厳しい時期もあったと聞いています。花王は自社物流を持っており、うまく循環しているときは気づかなかった物流課題について、構造改革を進める中で経営陣にも気づきがあったのだと思います。私自身もそこにチャレンジしたいと考えています。
―― まずはどのようなチャレンジを?
森 入社して最初に気づいたのは、本社のSCM部門には執行役員として生産技術側に1人、ロジ(物流)側に私がいるのですが、少しロジが生産側に寄り過ぎているなと感じました。また花王では販売部門がKCMK(花王カスタマーマーケティング)として別組織になっていて、販売とロジが遠く感じました。これを生産・ロジ・販売と横並びにし、ロジが生産と販売の中立ちをするべきだと考えています。
例えば新商品ができたとき、事業、販売側はそれをどれだけ作って売るかという決定をします。それに基づいて生産側が製品を作り、ロジが動かす。起点はやはり事業、販売になりますが、ロジはその間を繋ぐポジションになります。
新商品の投入に伴い、SKUが増えることで、物流における作業負荷が増加し、コストが上がる可能性もあります。一方で、物流効率を高めるための梱包サイズの変更など、ロジの視点を活かして改善策を提案することも可能です。だからこそ、ロジの位置づけをワンランク上げたい。
今後、生産と販売、ひいては事業に対しても発言力を持っていくには、我々ロジ領域が日々の安定供給をこなしてこそ。まずはそこを頑張ろうと思っています。
DX化でロジは「戦略」になる
卸機能を持つ自社物流こそ強み
<森 執行役員>
―― 花王では「2024年問題」の影響はありますか。
森 長距離輸送は車が確保しにくくなりましたね。定常的に使っているところは大丈夫でもスポットや、少し物量が跳ねた時などは押さえにくいと感じます。運賃の課題もあります。我々としては当然、値上げの要請がきたら検討し、対応していますが、花王が運賃値上げを受け入れた部分が協力会社、更にドライバーに支払われているのか。花王は業界をリードする立場として、課題を認識することが大事だと思っています。
―― 運賃については交渉される側となりましたが。
森 立場変われば、という気持ちはあまりないですね。そもそもヤマト自体もパートナーなくして成り立たないビジネス。私自身、丁々発止で運賃交渉の矢面に立つ期間は少なかったものの、ビジネスは協力してくれるパートナーがあってこそ。そこはヤマト時代からずっと一貫していて、花王でもパートナーを大事にするという思いを、メンバーに伝えていきたいと思っています。
―― ヤマトと花王、共通する部分はありますか。
森 どちらかというと「自前主義」が好きな企業文化だと思います。花王のメンバーは、自分たちでいろいろなロジの仕組みを考えて、データを取りながら改善していくことを好みます。しかしそれは時間がかかることでもあるので、スピーディーな時代についていくために思い切ってアウトソース(外注)する部分も必要。今後、花王では外部の人たちの知見をもらうという経験を、もっと増やせればいいかなと思っています。
―― 近年、インバウンドの購買力もまた伸びてきています。需要予測など計画的な物流も求められますが、どのように取り組んでいきますか。
森 ドラッグストア市場は10兆円を超えており、小売のバイイングパワーが強くなっています。そのため、小売からは「当日持ってきてください」や「バラ(ピース)でお願いします」といった要望も増えており、物流現場には負担になっています。そこで、小売からのデータを需要予測に活用し、発注単位の切り上げや納品リードタイムの延長に取組んでいけたらと思っています。
―― デジタル化による効率化ですね。
森 そうですね。売れている店舗に花王の品揃えがなされていないと意味がない。逆にいうと、当たり前のように棚に商品があるということは、ロジスティクスがきちんと機能しているということです。
一般的に売上が増えれば、物量も伸びていく。物流コストは何もしなければ増えていく一方で、人件費も上がっていきます。そういったものを総合的に加味しながら、物流コストをいかに抑制していくかが、花王のロジスティクスの重要な役割のひとつです。そのためにドラッグチェーンさんなどと、需要予測に基づいた納品回数の適正化やリードタイムの延長に取り組んでいる。それらが全て、経営という大きな視点に繋がっていくと思います。
―― ただ単に「物流コスト」を下げるのではないと。
森 そうです。戦略としてロジを設計していくこと。そのために商品の届け方、運び方も少し変えたいと思っています。小売と商談しながらですが、バラで持っていくのを、なるべくケース単位に変更したり、工場から花王物流拠点を経由して運んでいたところを、工場から小売に直接運ぶ割合を増やしたり、あるいは需要予測に基づきリードタイムの延長に取組んだりと、いろいろな工夫をして、持続可能なロジスティクスの実現に向けて取り組んでいます。花王は自社で物流を持ち、しかも卸機能を持っている、本当に日用品業界の中では稀有な存在だと思います。
―― 需要予測の精度を高めていくことで、物流効率化とマーケットのニーズ、両方に応えられる、ということですね。
森 そうですね。同業他社では物流に関しては、ほぼ卸にお任せのところ、花王は自社でノウハウを持っている。時代とともに、「花王もいいかげん、物流はアウトソースでいいんじゃないか」とおっしゃる方も当然いると思います。
でも本当に他社に丸投げでよいのか。日用品業界には特有の商慣行があります。店舗作業効率化のために、小売より様々な物流要請を受けます。花王は自分たちで仕分けもできるし、極論を言えば本数あたりのコストも全部わかっているので、この商慣行に対して新たなサービス基準導入の提案をしていきたい。だからこそ、自前でやっている意味があると思います。
そのなかで、全国を俯瞰してみたときのバランスで、物量が減っていく地方の拠点については、将来的にはアウトソースする方向も考えています。ただ根幹の部分、今まで築いてきた自社の基盤、ここは大事なのでやめるつもりはありません。ここにこそ、花王の強みがあると思っています。
「一期一会」繋がりを大切に
新たな共同輸配送もスタート
―― 花王は2025年2月からキリンビバレッジと拠点間の往復輸送にも取組んでいます。今後もこうした取り組みは進めていくのですか。
森 そうですね。引き続き、同業・異業種との共同輸配送を検討していきたいと思っています。最初はスモールスタートになると思いますが、お互いこれはいけるとなれば、地域やエリアを拡大していきます。業界全体でトラックが確保できない状況で2台走らせるより、1台で行った方がいいという動きが広がっていけば、物流業界にとってもいいことですよね。
―― 積載率、特に復荷の問題が課題になっていますが、これがうまくマッチングできればいいですね。
森 花王の場合、工場から拠点までの積送はほぼ100%に近い状態ですが、キリンさんとの協業により空車となっていた戻り便のトラックを活用することで、往復輸送が実現しました。神奈川県と長野県にあるそれぞれの物流拠点の荷物を運ぶことで、往路・復路ともに高い積載率を実現しています。
物流拠点からの配送の方は、最初は荷物を積んでいますが、帰ってくる時はほぼ空になっています。ただ出発時も100%でスタートしないので、そこに他社の荷物を一緒に積んで、同じ納品先なら一緒に下ろしていこうという取組みが、これから広がっていくと思います。
―― そうすると物流拠点にプロフィットセンター的な役割も出てきますね。
森 共同物流で収入を得るという発想もありますが、一足飛びには進まないのが現実です。まずは同業・異業種問わず、共同配送に取組みたいと思っています。そして、将来的には卸さんとも一緒に共同物流を進めていけたら、と考えています。
―― 今後、特定荷主にはCLOの設置や中長期計画の提出が義務付けられています。花王としての対応は?
森 スケジュールに沿って実行していくことになろうかと思いますが、当然ながら、花王のロジスティクスにも経営の目線を入れる必要があります。物流の領域だけの効率化やコストダウンを求めるのではなく、もっと俯瞰して、資産をうまく活用するとか、投下資本の考えなど経営的な視点で花王のロジスティクスを見て、生産や事業、販売に対しても意見が出せる、経営陣に対しても同じ目線で会話できる。それこそがCLOだと私は思います。
―― 森さんが大切にしている言葉、座右の銘を教えてください。
森 「一期一会」です。パートナーさんを大事にするということにも通じますが、ひとたびお付き合いした人を大事にするとか、社内外でも人との繋がりを疎かにしない、というのをモットーにしています。「人」に、いろいろなことを教えてもらって育ってきましたし、出会った人たちのアドバイスがあってこそ、今があります。だから本当に一期一会、出会いは大切にしようと思っています。
―― 最後にLNEWS読者へメッセージをお願いします。
森 花王は荷主であり、私は立場的に物流を担う側でもあり、その両方に携わっている身です。そういう人間だからこそ物流業界、メーカー、卸も含めて、なかなか今までは「一緒に手を組みたいよね」と口では言いつつもできてないことがやれる、そんなマインドを持っています。今、国交省、経産省、農水省で進めている2030年度に向けた総合物流施策大綱の検討委員にもなっていますが、様々な業界の方々と意見交換をして本当に繋がれるのかが大事だと思っています。何か一緒に取組みたい方がいらっしゃいましたら、ぜひお声がけください。
取材・執筆 吉坂照美 山内公雄
■プロフィール
森 信介(もり・しんすけ)
1997年10月~2024年9月までヤマト運輸/ヤマトホールディングスに勤務。2008年11月~2018年3月、国内最大規模の「羽田クロノゲート」を始め、東名大に4つの大型物流ターミナルを立ち上げた。2018年4月にヤマトロジスティクス取締役常務執行役員に就任し、2021年4月ヤマト運輸執行役員アセットマネジメント部長を経て、2024年10月、花王執行役員(ロジスティクス改革担当)に着任。2025年1月から執行役員SCM部門ロジスティクスセンター長を務める。
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