先進的な物流改革を進める味の素の物流企画部長に、今年7月就任した森正子さん。入社して約30年間、受注や需給調整から物流システム管理、F-LINEプロジェクトと様々な仕事に携わってきた。その知見を買われ、長時間待機や附帯作業が多い「嫌われる加工食品物流」からの脱却を図るべく改革路線を牽引した前部長・堀尾仁 上席理事の後任に抜擢、生え抜きの女性リーダーとして活躍中だ。プライベートでは2児の母でもあり、公私ともに「効率化」に努める森部長に、味の素の物流改革の進捗や業界動向、今後の抱負などを聞いた。
取材日:11月17日 於:味の素本社
業界跨いで改革進む
荷待ち「理想は30分」
―― 物流企画部長に就任されて、率直にいかがですか。
森 今までにない重責を感じています。私は内勤事務職の採用だったので、部長など管理職は総合職がメイン。入社から30年ほどになりますが、全くもって想像していない世界が訪れた、という感じです。
―― これまでずっと物流に携わってこられたのですか。
森 入社当時、東京支社の中にある受注センターに配属となり、在庫管理や在庫移動をしていました。当時、物流は「行きたくない三大部署」と言われていて(笑)。絶対に行きたくないとみんなが言う組織でしたが、私は「意外と居心地いいのに」と思っていました。
―― 社歴とともに物流も変わってきたのでしょうか。
森 物流はずっと変わらない状況が続いていて、入社当時の受注センターでは、電話をとって紙に書いてというアナログな感じでした。画面は一応タッチパネルでしたが、発注伝票は全て紙。赤や青や、商品ジャンルで色分けされた紙に手書きです。そこから地味に変わってはいるものの全体的な変革はなく、もちろん業界を跨いでの改革なんて全くありませんでした。
その後、物流企画部に異動したのが2013年。翌年、基幹職に上がるための試験を受けて、ちょうどその年に前任の堀尾が異動してきて、そこからです。2015年からF-LINEプロジェクトに関わり、F-LINEに2年出向、また本社に戻って物流企画部基盤グループ長になって1年、ここ10年くらいずっと「アワアワ」と疾走している感じです(笑)。
―― 2024年問題もあり、業界を跨いでの改革も進んでいますね。
森 メーカーと卸間の活動は結構やってきましたが、小売りさんも入ってのFSP(フードサプライチェーンプロジェクト)は、革新的な取り組みだと感じています。今年3月16日に「首都圏SM物流研究会」が発足し、スーパー4社で取組み始めて今、10社に増えています。今年6月に政策パッケージやガイドラインが出て、その後、自主行動計画の作成についてFSPの中で話し合い、ガイドラインにどう対応していくか整理しています。
例えば、「荷待ち・荷役2時間以内ルール」では、まずは附帯作業の定義を発着の物流業者で合わせて、まず第1ステップとして2時間以内を目指す。次に1時間以内を目指す、というような形で進めます。味の素では年末までに計画を作成する予定ですが、業界全体の取組みとして、加工食品メーカー8社で組織するSBM(食品物流未来推進会議)から計画を提出します。
―― 附帯作業の定義というと?
森 日本加工食品卸協会(以下、日食協)とSBMの間で『荷待ち・荷役時間削減に向けた加工食品業界の取組みガイドライン』※というガイドラインを10月18日に作成しました。これは結構大きな成果だと思っています。ポイントは、この先、フォークリフトの免許を持つドライバーが減り続けるので『ドライバーによるフォークリフト作業の削減に、発着荷主双方が継続して取り組む』ということを盛り込んだ点。
それから、『その他の作業』について、ラベルの貼付や棚入れなどの作業は「着荷主側の業務範囲」ということを明確にできたのが、われわれにとっては有り難かったです。
※荷待ち・荷役時間削減に向けた加工食品業界の取組みガイドライン
http://nsk.c.ooco.jp/pdf/20231120_3.pdf
―― ガイドラインには強制力がありませんが、効果は?
森 ガイドラインを作った効果はとても大きいと思います。今、附帯作業や長時間待機の改善を目に余るような納品先に対してお願いして回っています。日食協の参画メンバーの納品先に限りますが、そこに対しては「ガイドラインの方向に向かって進めてほしい」「すぐには無理でも近い将来改善していく」ことを約束してもらっています。今、国交省のトラックGメンなど政策的にも動いてくれているので、世の中的にも得意先でも「協力しない=届けてもらえなくなる」という危機感が出てきていると感じます。
―― 味の素としての成果目標はありますか。
森 F-LINEで長時間附帯作業については直送だけで約80件、改善してもらいたいところをリストアップして回っていきます。荷待ちの理想は30分以内です。あくまで理想ですが。現状でも1時間超はいくつかありますが、常時2時間以上というのはそれほど聞こえてきません。繁忙期にはあるかもしれませんが、長時間待機は著しく長い納品先については、最優先の改善ターゲットとして働きかけていきます。
―― 営業部門との連携など、社内的な協力体制はあるのですか?
森 そういった重篤な「7、8時間待たされて納品できずに帰ってきた」みたいな話があった場合は、その都度、物流から営業部門に共有します。そういった点ではこれまでの積み重ねの成果が少しずつ出ていています。営業との協力体制は物流にとって本当にありがたい、味の素の強みだと思います。
リードタイムN+2を
当たり前の世界に
――F-LINEでの共同配送の進捗や課題について教えてください。
森 共配をすればどんどん効率は上がるので、今後も進んでいくと思います。現在は遠隔地の北海道と九州で取り組んでいて、次はおそらくは中四国や北東北など、「運べなくなるリスク」が高そうなところを中心的に進めようと思っています。
共配はメリットではありますが、どちらかというと共配以外の商習慣やその周りにある問題が意外と大きな課題です。そこの改善がもっと進めば、さらに加速すると思います。例えば今、リードタイムが商習慣上、今日の受注は明日届けとなっていますが、これを今日受注したものは明後日に届く、「リードタイムN+2」の世界が当たり前になる方が大事で、そうすることで「運べなくなるリスク」を回避することができると考えています。
物流会社側、FSPの中でもリードタイムの延長に注力していますが、SBM8社のうち今リードタイムN+2ができているのは2社しかない。その2社もF-LINEプロジェクト以外のキッコーマンさんとキユーピーさんなんですね。われわれも完全N+2という意味ではまだできていなくて、いよいよ来年1月に実行できるようになる。2019年から取り組み始めて、実現まで4年越しです。
―― 将来的に共同配送ではリードタイムN+2、という流れになっていくのでしょうか。
森 一部N+1のところもありますが、それ以外は全部リードタイムN+2にすることができる状態が目前にきています。大手から始めて中小の荷主まで浸透していかないと、共配は難しい。リードタイムが違うとオペレーションが違ってきてしまうので、共配するにあたっても課題がいくつも出てきてしまうんです。N+2でオーダーをもらった物流会社のデータと、N+1でもらったデータをバラバラでオペレーションするというのは、物流会社の中では非効率。どうしてもN+1に引きずられてしまう、というのがあります。物流会社側でもN+2のものをいかに優先的に運ぶか、料金体系も含めアピールしていくことも必要かと思います。
―― データ化についても共同で進めているのですか。
森 なかなか難しいですね、各社が課題だと思っているところは同じでも、アナログから何かシステムを使うというところで進まない。例えば、入庫予約システム一つとってもいろんなシステムが乱立している状態。物流会社はそれで苦労しているんですよね。そういうのを1つにまとめることができれば、ずいぶん違うと思います。それを「エコシステム」として、われわれで構築しようと進めています。
―― エコシステムとは?
森 分かりやすく言うと、例えばOutlookのメールでも、Gmailを使っている人がメール送信しても自分たちのところで見られますよね。そんな形で、どんなシステムを使っていても共通して見られるような世界です。「個別に導入されたシステムをつないで、データが共有できる仕組みを作る」という、今とても高い塀を登ろうと頑張っているところです。
―― どのように進めているのですか?
森 入庫予約は既にいろんなシステムができ上がってしまっているので、今そこには手を付けられていない状態ですが、納品伝票電子化のところはぜひやりたいと思っています。今年9月に、DPC(データ・プラットフォーム・コンストラクション)協議会を立ち上げ、内閣府が進めるSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)のスマート基盤を使って、加工食品サプライチェーンにおけるプラットフォームを構築しようと模索しています。
具体的にどういうことをやるかというと、納品先1つ取っても名称がバラバラなので、事業所コードを統一化すること、そして次世代EDI(Electronic Data Interchange:電子データ交換)の検討です。それからCO2の削減でスコープ3(事業者の活動に関連する他社の温室効果ガス排出量)に対応し、CO2を自動算出できる形にするというのを目指しています。DPCは事務局を流通経済研究所に置いていて、実は堀尾も特任研究員として引き続き携わっています。目標は、24年度の実装(仮)です。それぐらいのスピード感を持ってやらないと、進められるものも進められないのですが、実際は数年かかる話だと思っています。
物流を経営課題に
F-LINEタリフも協議
<F-LINEプロジェクトで開催した社長会の様子 右から5番目が森部長 出典:F-LINE>
―― ところで、F-LINEでは今年4月に未来物流研究を発足し、10月に社長会を開催されたそうですね。開催意義と成果を改めて教えてください。
森 社長会は年1回、プロジェクトを立ち上げてから継続して行っています。会社設立後は2024年問題を控えているとこともあり、年2回行っていますが、今後は年1回開催する予定です。社長会は、会社全体で取り組んでいることを謳っているものでもありますが、社長自らが経営課題として物流を認識することが大切なので、プロジェクトの活動状況や、中間報告として課題解決に向けた各チームの進捗状況を確認しました。
―― プロジェクトでは何か新しい動きなどはありますか。
森 全体的な標準化や料金体系についても取り組んでいます。例えば、今までひと山いくら、トンキロでここからここまで運ぶのにいくら、だった料金体系を、荷口をまとめてパレット単位にすると料金が安くなるというような「F-LINEタリフ」に、味の素側では23年~25年の3年かけて変更しようと取り組んでいます。この考え方をF-LINEプロジェクトの他の企業にも広げられないかと協議しています。
―― 料金体系を変えることの影響は。
森 一番分かりやすいのはたぶん保管で、今は1パレット単位あたりで保管料金の支払いをしていますが、倉庫では実際4段積めたほうが保管効率は高い。たくさん入れられるにも関わらず料金が同じなので、1段のままでも一向に改善しようとしないですよね。なので、1段積みのものは高く、4段積みのようなものは安く、というような形になれば、メーカー側も1段から2段に工夫するなど効率化できます。
―― メーカーとして、調達では着荷主となりますが、そのあたりの取組みは?
森 そこは非常に遅れているのが現状かと思います。調達部門は部門が分かれているので、まずはそこからなのですが「2024年問題ってどんなの?」というようなレベルです。ガイドラインでも基本的にはものを作って運ぶので、発荷主側の方がメインと捉えられがちですが、今回、着荷主のところもまずは現状確認というところで、われわれは非常に遅れているというのを認識したところです。
―― そこも加速していかないと、ものが作れないという状況になりますね。
森 本当に。言っていることとやっていることのマッチングは必要だと思います。幸い荷役というか、受け入れのところは基本的に全部自社側がやるという体制が、ほぼ取れている感じはありますが、着荷主として改善していかなくてはいけない実態もあり、そこも1つ1つ対応しているという感じです。
―― 最後に、森部長の今後の抱負をお願いします。
森 いよいよ2024年を迎えますが、今まで進めてきた課題解決をスピードはゆっくりかもしれませんが着実に進めていきたいですね。加工食品分野はこれまで取組みが進んでいる状態だとは思ってはいますが、業界だけではなく、いろいろな他業界も含めて、そういう方々とも連携しながら製配販のサプライチェーン全体、関係省庁、縦、横、斜めの連携を一層強化して、なおかつ物流業界全体が少しでも良くなる方向に進められるよう頑張っていきます。
―― 物流業界では女性リーダーは少数派。そのあたりはいかがですか。
森 おっしゃる通り全くいないです。ちらほらでもなく、全くいないんです。加工食品業界の会合でも「また1人だな」という感じですが、そういう意味では、男性、女性というのはあまり気にしないようにわざとしています(笑)。前任の堀尾がアグレッシブに改革を進めていたので、もちろんそのレールを着々と歩むのは当然なのですが、女性として自分ができることは何かと考えると、やはり少し周りを見ながら歩調を合わせて、悩みを共有しながら、一緒になってやっていくことかなと思います。自分一人ではできないことも、それぞれのメンバーが専門分野ではプロなので、任せるところは任せつつ、気配り・目配りをしながら「あれ?気づいたら一緒にやっていた」という、粘り強さと調整力のあるリーダーになれればと思っています。
―― 期待しています。ありがとうございました。
■プロフィール
味の素
食品事業本部 物流企画部長
森 正子
1993年 味の素入社(入社以来、物流関係業務従事)
2015年11月~2019年3月 F-LINEプロジェクト参画
2017年3月~2019年3月 F-LINE 準備室 出向
2019年4月~2021年3月 F-LINE 出向
2022年7月 食品事業本部 物流企画部 物流基盤グループ長
2023年7月 食品事業本部 物流企画部 部長
現在に至る。
取材・執筆 近藤照美
物流最前線/世界の100円ショップを支える大創産業の「物流力」とは