社会インフラに欠かせない物流は、他産業に比べ労働環境の改善が遅れ、労働力不足が深刻化し「物流クライシス」が顕在化しつつある。こうした課題に最新科学からイノベーションを目指すのが、内閣府による戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマート物流サービス」だ。田中従雅氏(ヤマト運輸 元執行役員・デジタル機構本部デジタル改革、現デジタル機能本部フェロー)が、そのプログラムディレクター(PD)に就任し、サプライチェーンの「全体最適」を実現する標準化を推進、社会実装に取り組んだ。2024年問題やカーボンニュートラルなど、日本全体でのパラダイムシフトが求められる今、「標準化」は課題をチャンスに変える起爆剤となるのか。このほど5年間の活動期間を終えた田中PDに、SIPでの活動成果や「標準化」の活用方法、科学技術が描く物流の未来などについて話を伺った。
取材:3月10日 於:晴海トリトンスクエア
<研究開発の概要>
戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議が司令塔機能を発揮し、日本経済にとって重要なイノベーションを実現するため、基礎研究から実用化・事業化までを見据えた取り組みを推進する国家プロジェクト。第1期では2014年から2018年まで11の研究課題が、第2期では12課題が選定され、2018年から5年間、田中PDを中心に、国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 港湾空港技術研究所がスマート物流サービス研究開発業務の管理運営を担う研究推進法人として、関係府省(内閣府、経済産業省、国土交通省)や物流関係者と連携して研究開発を推進してきた。2023年3月末で第2期の各課題は終了、今後「スマート物流サービス」の継承組織として、(一社)フィジカルインターネットセンターが研究成果の普及啓発や物流情報標準ガイドラインの普及・維持・メンテナンスを推進する。
「総論賛成、各論反対」の壁を越える
―― 田中さんはヤマト運輸とSIPのプログラムディレクター(以下、PD)として2018年から5年間、二足の草鞋で取り組んでこられましたね、ヤマト運輸ではどのようなお仕事を?
田中 1981年にヤマトシステム開発に入社し、2011年にヤマトホールディングスのシニアエンジニア(IT戦略担当)兼ヤマト運輸の情報システム部長になり、そこからずっとヤマト運輸のデジタル化に携わってきました。ヤマトのデジタル化といえば、情報基幹システム「NEKOシステム」が代表的ですが、その開発・運用に取り組んできました。
―― SIP「スマート物流サービス」PDになった経緯は。
田中 公募に対して、会社を通じて応募しました。ヤマト運輸では2017年に27年ぶりに宅急便を値上げ、大きなニュースとなりました。宅配事業は当時、非常に厳しい状況であり、特にエリア別に見たときの非採算地域の対応を行い、日本全国への宅配をサスティナブルなものにしていかなければいけない、という思いがありました。そこを目標にスタートしましたが、更に2020年のコロナ禍で物流は社会インフラの1つとして持続可能なものにしていかなければならないと、使命感がより大きなものになりました。
―― サスティナブルな物流にしていくなかで、業界全体のハードルとなっていたのはどんなことだと考えますか。
田中 まず一つは、やはり「総論賛成、各論反対」なりやすいことですね。SDGsでも同じだと思います。高い視座では同意できていても、現実的には事業会社として取り組む以上利益は大切なことです。企業評価が利益だけはでないと理解していても、赤字では事業活動を続けていけないことも事実です。取り組むことに対するコストをいかに企業価値へ繋げるのか、大きな問題だと思っています。
―― SIPでの主な取り組みと成果は。
田中 「スマート物流サービス」では、Society5.0実現に向けて、サプライチェーン全体を情報でつなぎ、「全体最適」の物流を目指し、A)物流・商流データ基盤の構築と、B)省力化・自動化に資する自動データ収集技術の研究開発に取り組みました。A)では、データ基盤上に蓄積されたデータに対し一気通貫での可視化を図るため、データの標準化に取り組みました。具体的には、アクセスコントロール技術、非改ざん性担保技術等の要素基礎技術のほか、業界横断的にデータ基盤を活用できるよう標準化・共通処理方式の研究開発を進めるとともに、各業種等データ基盤を下支えるプラットフォームを構築しました。このデータ基盤は、地域物流、リテール、医療機器、医療材料、アパレルの4業種+1地域で社会実装を果たしています。
B)の自動データ収集技術では、データを自動で収集するデバイスやアプリケーションを開発しました。実現可能性段階の6テーマ、研究開発段階テーマとして「スマート物流を支援するスマホAIアプリケーション基盤技術(スマホAI)」と、「荷物データを自動収集できる自動荷下ろし技術(自動荷下ろし機)」の2件を選定し、こちらも社会実装しています。
また、運送計画情報や出荷情報などに関する情報標準化を推進するため「物流情報標準ガイドライン」を策定・公表しました。それを一つの基準にしてこれからやっていきましょう、ということを宣言できたこと、その「物流情報標準ガイドライン」に準拠したシステムを作ったことは、今回の大きな成果ではないかと思っています。
―― 「標準化」とは具体的にどういうものですか。
田中 例えば、事業者のコードをどうするかということについても、経済産業省が奨めるgBizINFO(ジービズインフォ:法人番号に紐づけた法人活動状況を掲載したオープンサイト)を使います。今までは、各運送事業者が個別にコード化してきました。例えばA社と取引しようとしたらA社にコードを付けるわけですが、そのコードは運送事業者別に個別にコード化されています。即ち、同じA社を同じと認識できないことになります。事業所をはじめ納品伝票など物流情報のデータが統一されることにより、サプライチェーン全体での「全体最適」が可能になる。
―― なるほど。今まで標準化が進まなかったのはなぜでしょうか?
田中 システムは個社で創ってきた歴史があります。個社で創ってきたシステムを、企業間で繋げるには、情報交換手段とコード変換が課題となります。また、標準化を進めるにも。企業として創られたシステムがあり、文化があるから、いざ標準化といっても急に変えられない。言語でいうと、日本語を明日から英語にします、というようなものです。しかしながら、現在は企業間が繋がることが大切な時代になっています。いままでは、必要なときに必要なところだけ繋げればよかったが、繋がることが当たり前のシステムが求められます。その為の標準化を国が進めることは、各企業が求めることと思っています。
―― 各企業のデータの安全性は担保されますか?
田中 情報が競争の源泉とする企業も多い。企業同士が情報を活用して共創世界をつくるにはしばらく時間がかかると思います。そこで、今回開発したアクセスコントロールを可能にする技術、データを改ざんできなくする技術は、大いに価値があると考えています。
―― こうした研究成果は、今後の物流業界にどのような影響を与えますか?
田中 これらを活用して、顕在化する物流課題を解決します。これにより物流分野の労働生産性を30%向上させることが可能になり、これは市場規模25兆円の物流分野で年間約 7.5兆円の経済インパクトに相当します。
物流情報ガイドラインとは
戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマート物流サービス」プロジェクトでは、運送計画情報や出荷情報など、物流情報に関する標準的な形式を定めた「物流情報標準ガイドライン」を策定・公表している。同ガイドラインでは、1.物流業務プロセス標準、2.物流メッセージ標準、3.物流共有マスタ標準の3つを定義・公開し、同ガイドラインのさらなる普及促進のため、導入事例やメリット等を掲載したホームページを開設している。
■https://www.lisc.or.jp/