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YAMATO NEXT100に向け
ヤマトのDX戦略構築

2022年04月11日/物流最前線

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日本の産業界、そして物流業界でも「DX(Digital Transformation)」の言葉があふれかえっている。デジタル変革とも呼ばれる概念だが、企業の変革を急速に推進する起爆剤として注目されている。大手物流企業の多くが、DX化を図り、データ・ドリブン経営を推進している。中でもヤマトグループでは、2019年8月に著名なデータサイエンティストである中林紀彦氏を迎え、強力なDX化を図ることで、経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」の目標に突き進んでいる。中林執行役員は「DXやデータ・ドリブンはあくまで手段であるにも関わらず、世間ではそれが目的化しているように感じられます」と、世間一般のDX化への風潮には手厳しい。ヤマト運輸のDX戦略とその進捗を伺った。
取材:3月23日 於:ヤマト運輸京橋エドグラン19階

<中林執行役員>
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<ECエコシステムの概念図>
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実際の現場でDX化に挑む

――  デジタル面・DX関係でのヤマト運輸の動きがこのところ活発ですね。

中林  最近では、個人向け会員サービス「クロネコメンバーズ」の基盤システムを刷新しました。新たなデータ基盤の活用で、各種機能の利便性やアプリ・WEBサイト画面の視認性・操作性などのユーザビリティを向上させ、顧客により快適な受け取り体験を提供できるようになりました。具体的には、Yamato Digital Platform(ヤマトデジタルプラットフォーム:YDP)を新たなデータ基盤とし、顧客と荷物情報のリアルタイム連携やデータ一元化など、様々なデータ分析と活用によりクロネコメンバーズの各種提供機能の利便性を向上しました。

――  顧客にとっての具体的なメリットとは。

中林  顧客がご自身の荷物の状況をすぐに確認ができ、スムーズに荷物が受け取れます。また、災害などによる荷物の遅延情報が発生した場合には、WEB画面上で確認できます。さらに、各種通知メールに表示される荷物情報や操作項目が見やすくなりました。その他、荷物の受け取り忘れを防止する、リマインド通知や不在連絡票がなくても荷物をお届けした宅配ボックスの番号や暗証番号が分かる新しい通知機能などを拡充しました。

――  大幅な利便性の向上が図られたようですが、これらはヤマト運輸のDX戦略の一環と言うことですね。

中林  データに基づいた経営へ転換している最中ですが、顧客のライフスタイルや多様な受け取りニーズに対応した機能のさらなる拡充に加え、今後は荷物を発送する顧客の様々なニーズにも応えるため、YDPを活用し、さらなるユーザビリティの向上を目指します。

――  ところで、DXに関しては著名な中林さんが物流業界のヤマトグループに入社するにあたっては驚かれた方も多いのでは。

中林  私のこれまでのキャリアからすれば自然な成り行きでした。私は、モノを運ぶことは、未来永劫無くならないと考えています。物流の物理的リソースとサイバー空間を組み合わせることで、物流を大きく変えることができると思っています。そのため、物流事業を行っているヤマト運輸には大きな魅力がありました。そんな折、ヤマト運輸が次の100年先までのグランドデザインを作成中で、DX部分を担当してほしいとタイミングよく声をかけていただき、入社することになりました。

――  現在担当の部署は執行役員DX推進担当ということですね。

中林  2019年8月に入社した時はヤマトホールディングスの社長室(デジタルイノベーション担当)シニアマネージャーでした。当時は10数人の部署でした。その後、ヤマトグループ内のITやデジタル部門を統合し、さらに外部から100人超のデジタル人材を採用し、現在は300人程度の組織になっています。

――  これまで様々な産業界で活躍されてきました。

中林  もともと、IT系ではなく、大学では化学を専攻していました。ITの世界に入ろうと思ったのは、学生時代に化学のシミュレーションをコンピュータで行っており、そこでコンピュータの魅力にはまりました。90年代初頭ですから、コンピュータの黎明期でした。大学時代は、パソコンを自作し、インターネットプロバイダーでアルバイト等をしていました。

――  まだ、当時は大型汎用コンピュータの時代ですね。

中林  そうですね。コンピュータシミュレーションをやっていたので、早くからフォートランやC言語等を覚えてプログラミングを行っていました。そのため、コンピュータの世界に入れば入るほど、これはパラダイムを変えるものだと感じていました。

――  最初に就職したのは。

中林  大学卒業後にアルプス電気に入社しました。情報システムのIT部門で、製造業のIT企画等を行っていました。データを扱う業務も多かったです。その後、グローバル営業企画で、経営戦略を立案する業務につきました。その時に、グローバル企業の経営企画を立案するにはリアルタイムでデータがないと、とても難しいことに気づきました。

――  これまでの経験が現在のDX戦略の構築に繋がっていますね。

中林  データやデータベースの重要性を感じていましたが、もう少しITスキルを伸ばしたいと考え、日本IBMに入社し、データを扱うソフトウェア部門で働きました。当時、「情報爆発」と喜連川優東京大学教授が表現しましたが、各社ともデータがたまるだけで、効果的な活用ができていなかった時代でした。活用できれば素晴らしいのに、と私たちもクライアントも同様に思っていました。そのころに「ビッグデータ」というキーワードが生まれました。さらに、トーマス・H・ダベンポートが「データサイエンティストほどセクシーな職業はない」という言葉を残しています。その後、ソリューションを提供する側からではなく、受ける側になりたいと思い、事業会社に転職する決断をしました。その後、オプトホールディングス(現デジタルホールディングス)のチーフ・データサイエンティストを経て、2019年8月にヤマトホールディングスに入社しました。そこで「YAMATO NEXT100」の策定に関わることになりました。

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