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物流最前線/スピードと柔軟性に徹す ヒューリックのトガった立地戦略

2024年09月30日/物流最前線

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ここ数年、さまざまなデベロッパーが物流施設の開発に参入し、活発化している。そんななか、オフィスビルなど豊富な都心部の物件に強みを持つヒューリックも、参入してきた。黒部常務は「物流に参入の余地ありと判断した」と話すが、その根拠は何か。東京を中心とした首都圏での開発にこだわる理由、2024年問題が横たわるなかでの戦い方、そして新たな事業計画とは。物流施設開発を統括する黒部常務に、その狙いや課題、展望を聞いた。  (取材日:2024年8月28日、於:ヒューリック本社)

――  まずヒューリックの紹介からお願いします。

黒部  当社の前身は、みずほ銀行(旧富士銀行)の店舗ビル管理業務を行う会社として1957年に誕生した「日本橋興業」です。2007年、創立50周年の節目に「ヒューリック」へ商号変更し、2008年に東証一部に上場、デベロッパーに生まれ変わりました。上場した年の経常利益は100億円ぐらいでしたが昨期は1374億円と、15期連続で増益増配を続けています。

主力商品はオフィスビルや商業施設など、都心部の物件です。全国に約250棟保有していて、大半は東京に集中しています。特に5区(千代田、中央、港、新宿、渋谷)を重視し、約7割にあたる170棟強が東京にあります。会社の時価総額で言うと現在は1兆1000億円ほどになります。

私は、「バリューアッド」つまり「その物件が持ちうる価値を最大限に引き出し、資産価値を最大化する」というミッションを持った部署で部長をしています。

<「少人数で効率志向の会社です」と黒部部長>20240925hulic02 - 物流最前線/スピードと柔軟性に徹す ヒューリックのトガった立地戦略

――  ヒューリックの物件といえば「駅近好立地」が特長ですが、首都圏に集中しているのは戦略的なものですか。

黒部  戦略です。人口動態を見てみると、日本の人口は減っていきますが、首都機能のある東京は今後も増えていきます。そのため、われわれは地方ではなく東京を中心にやっていこうとアプローチしています。

――  デベロッパーの方とお話をしていると、「東京23区内に物流施設を作れる土地なんかない」とよく聞きます。それで皆さん関西や九州、名古屋のほうへ手を伸ばしているようですが。

黒部  土地は、なくもないのですが、入札となると、デベロッパーではない自用の企業が応札したり、プレーヤーの増加により相当ヒートアップしていたり、適正とは言えない水準の土地代になることがあるため、入札にはあまり参加していません。 ただ、この1~2年は工事費の高騰のほうがはるかに大きく影響していて、土地はあっても工事費を加味すると所有者の希望する価格が出ないケースも出てきています。

――  御社は、物流施設の開発については新しいほうですね。

黒部  完全に後発組です。2022年5月に竣工した「ヒューリックロジスティクス葛西」(東京都江戸川区)が第1号物件で、その後、「野田I」(千葉県野田市)、「柏」(千葉県柏市)、「橋本」(神奈川県相模原市)と計4つ完成。来年以降は「野田II」や「三郷I」「三郷II」(埼玉県三郷市)も竣工する予定です。3PLやEC事業の拠点に適した、延床面積5000~1万坪の中規模物件を中心に開発してきています。

物流施設も東京狙い
16号沿線の中で勝負

――  なぜ物流施設に参入したのですか。

黒部  これまで都心部のオフィスビル、商業ビルを中心にポートフォリオを構成してきました。当社が次のステージに立つために手掛けるべき新しいアセットは何かという議論をし、物流施設はまだ「参入の余地あり」と判断したのです。ただし、参入するからには明確な判断基準を持つべきだという議論も同時に行い、「人口集積地に近接した国道16号沿線の内側に開発エリアを限定する」と決めました。

――  圏央道までは広げないということですか。

黒部  そういうことです。開発の検討を始めた当初は社員約170人、現在も約220人と、社員の少ない会社です。多くのテナント誘致が必要な大型物件は、土地が多い圏央道のほうが開発しやすいですが、中長期的な入居が期待できるボックス型を中心に、好立地に限定する狙いでスタートしています。事業拡大を急いで土地を高値で買うことはせず、厳選してやっていきたいと考えています。少人数だからこそ、戦略が重要です。

<国道16号沿線を中心とした物流施設の開発>20240925hulic03 - 物流最前線/スピードと柔軟性に徹す ヒューリックのトガった立地戦略

――  16号沿線の内側だけで戦うのは、厳しくないですか。

黒部  大変ですね。でも、圏央道で相当苦戦されている話もよく聞きますので、そこに手を伸ばしていたらもっと大変だったと想像します。

先ほども申したように、当社は人口動態を非常に重視しています。向こう30年の人口推移を各市町村別に見てみると、16号の内側は数%しか減らないのに対し、外側は十数%も減ってしまいます。働き手を確保しなければなりませんし、結局、荷物は人口の多い消費地に向かって動くので、そこに勝負をかけていこうと考えています。

――  BTS型での開発は考えていませんか。

黒部  物流施設のオーダーメイドの経験はまだありませんが、他のアセットではBTSの経験が多い会社ですから、 チャンスがあればぜひ取り組みたいと思っています。新規で用地を取得して開発するのであれば、ある程度テナントの顔が見える形で事業を始められるといいですよね。その議論は常にしています。

――  国際的には冷凍冷蔵倉庫がブームです。東南アジアでも欠かせないアセットになっていますし、日本でも需要が非常に高まっています。冷凍冷蔵はいかがですか。

黒部  実は「葛西」には一部、冷凍冷蔵設備が入っています。われわれが作り込んだものではなく、テナント側で持ち込まれたものですが、その際に冷凍冷蔵について学びました。開発中の「三郷」の物件も、あらかじめどこまで用意するかは議論の最中ですが、ある程度は当社が用意したうえでテナントに入っていただくことを視野に入れています。

目下の課題はリーシング
1年ぐらいかけて柔軟に

<バリューアッド事業部の黒部部長と磯智也 産業インフラ室グループリーダー(右)>20240925hulic04 - 物流最前線/スピードと柔軟性に徹す ヒューリックのトガった立地戦略

――  物流施設の開発に参入して、苦労した点はありますか。

黒部  目下の課題は、リーシングです。第1号物件の「葛西」は供給が少ない時期だったこともあって、工事中にテナントが決まったので、この勢いで2号、3号もどんどんいこうと思ったのですが、供給の増加と共に、潮目が変わった実感はあります。竣工時満床を目指しつつ、遅くとも1年以内にリースアップと考えていましたが、やはり1年ぐらいかかりますね。当社の物件はボックス型中心ですから、面積とタイミングがぴったり合う必要があり、リーシングはある程度、長期化するなという感触です。

――  バリューアッド事業部で産業インフラ室のグループリーダーを務める磯智也さんとしては、いかがですか。

  その点、当社は意外と泥臭くやっています。他エリアからの移転案件ももちろんありますが、拠点をそこに構えることの蓋然性といいますか、やはり地縁がないと始まらない。ただ物件のパンフだけ持って歩いてもお客さんのニーズに応えられないので、地域の倉庫を総当たりして荷主を集めて、当社の物件と荷主のセットで提案できるよう、例えるなら「弁当箱」を「幕の内弁当」にして提案するような仕事を、人数が少ないながらも足を使ってやっているんですよ。

――  スマートでスタイリッシュなブランドイメージを持っていました。

磯  いえいえ。われわれが作っているのはあくまで基本となる箱の部分ですから、どう使っていただくかはお客さん次第です。いろんな使い方ができるよう、汎用性あるプランやスペックを提供しながら、お客さんの要望に対し、そのつど「できる」「できない」を柔軟に考えることを大事にしています。

その点、バリューアッド事業部はワンチーム。社内が営業部や設計部に分かれていると調整に時間がかかるものですが、当社は人数が少ない分、営業の人間が聞いてきた情報がすぐ設計の人間と共有され、検討できます。そこも強みとして生きるといいですね。

耐震とBCP性能は必須
ドライバーの環境改善も

――  日本だと倉庫で働くことは「3K」のイメージがあったと思いますが、最近ではどの施設もアメニティーやカフェテリアの充実をウリにしており、「標準型」のようなものが見えつつあります。今後、何で差別化していきますか。

黒部  当社の物件は物流施設に限らずすべて、安全安心の提供を非常に大切にしています。というのも、いずれ大規模災害は必ず発生します。震度7クラスの地震も起きる前提で、建物の構造的な強さは、建築基準法で定められた基準より高い「保有水平耐力」を採用しています。

物流施設の場合は1.25倍の強度で設計します。工事費は上がりますが、物流施設は産業インフラそのものなので、震度7クラスの地震が来ても稼働継続できることを重視しました。電気は、BCP対応として災害後72時間、非常用発電機を稼働させられるようにしていますし、屋上全面に太陽光パネルを取り付け、自家消費できるようにも進めています。

震災の時に、荷主から「せめてこれだけは出荷してくれ」と言われても、倉庫が壊れていてどうにもできない事態を経験したという人たちの話を何度も聞きました。後発で物流施設開発をやるからには、当社の物件は中規模ですが、大規模並みの耐震性能とBCP性能は具備しようと貫いています。そこはセールスポイントになると考えています。

<ヒューリックロジスティクス橋本の外観とピロティ車路(下)>20240925hulic05 - 物流最前線/スピードと柔軟性に徹す ヒューリックのトガった立地戦略

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――  御社では2024年問題の影響は何かありますか。

  2024年問題解決の特効薬はなく、物流現場の意識改革や運賃の値上げ、働き手を流出させないための賃上げなどがセットで浸透することしかないと思っており、これには時間がかかります。ではデベロッパーに何ができるか。1つは、働き手の人数や労働時間が減ってくるなか、物流現場をどう効率化するかです。その手段は当然、お客さんによって変わるので、計画段階からよく意見を聞いて計画に反映したり、その声を他社に先駆けて取り入れたりする姿勢が大事だと思っています。

実際、既に取り組んでいるのは、ドライバーのための設備の充実です。「橋本」は2万坪弱と決して大規模ではないスロープ型の施設ですが、4区画(4000坪×4社の入居を想定)それぞれにドライバー専用のトイレと喫煙所を設けています。

―― ドライバーを大切にする物流施設という発想ですか。

黒部  そうですね。ドライバーを自社で抱える会社が入居したいと言ってくれるとか、荷主と運送会社が一緒に物件を探していて運送会社が気に入ってくれるとか、そんなふうになればいいなと思っています。庫内の従業員を大切にする発想は既にありますが、ドライバー目線で作られている施設はそれほど多くありません。

新しい取り組みとして、開発中の「野田II」と「三郷I」では、トラックバースを駐車場として申請し、消火設備も付け、車庫登録できる形にしています。「野田II」で試験的に半分やってみたら非常に好評で、「三郷I」では思い切って全バース駐車場化に踏み切りました。

――  「葛西」なら従業員は自転車でも通勤できますが、多くの物流施設は車がないと通えないような所にありますからね。

黒部  2024年問題対策として、浜松、岡山などに中継拠点を設けるといった発想もありますが、そのような取り組みは当社の使命ではなく、そういった分野が得意な他企業に委ねたほうが良いと考えています。当社はエリアを限って開発しているので、「この物件なら車庫として新たに支店を出して拠点化してもいいね」とか「ここなら点呼もかけられるね」とか、そんな発想ができる物件にすることに力を入れています。

――  ドライバーのために、よく考えていらっしゃいますね。

  ドライバーという職種は、しばしばその価値が十分に認識されないことがありますが、あれだけ大きな車両を安全に運行するのですから、本当に大事な技術者です。

次はコンビナート計画へ
成田の貨物需要増に着目

――  今後の展開として、やはり東京にはこだわりますか。

黒部  そうですね。もし「良い土地が九州に出た」と聞いても、BTS以外は基本的に取り組みません。少人数で効率的な運営を志向する当社にとって、地方物件への取り組みは限定的にならざるを得ません。物流施設以外だと、もともと保有していた旧富士銀行の店舗ビルが日本各地にあり、札幌や福岡などで建て替え事業をやっていますが、新規で土地を取得して開発する事業を地方でやることまでは考えていません。地方に手を伸ばさなくても、東京で利益を伸ばせていますので、今の判断基準でまだまだいけると考えています。

――  東京湾岸沿いにある古い倉庫群の建て替え需要を狙っているデベロッパーが多いと思いますが、そこはいかがですか。

黒部  湾岸沿いは必ず建て替えニーズが出てきます。われわれも用地情報の収集には注力していますが、特区にでもしなければ大掛かりな開発は難しそうですね。

――  では、次の一手は。

黒部  新しい事業としては、成田空港まで車で約15分の立地(千葉県成田市)で、大型物流施設の計画を進めています。2023年8月に開発用地約45ヘクタールの買収を完了し、開発に必要な許認可手続きを進めています。今後の予定では年末年始ぐらいには造成工事に着手し、約2年後には建築工事に入り、2029年春、成田空港C滑走路の供用開始時期に合わせて竣工することを目指しています。

<成田物流開発計画パース>20240925hulic07 1 - 物流最前線/スピードと柔軟性に徹す ヒューリックのトガった立地戦略

――  壮大な計画ですね。

黒部  昨年の12月には、本計画地が地域未来投資促進法における重点促進区域に指定されました。これにより、より円滑な開発許認可手続きが進められることが期待されます。成田空港はC滑走路の新設により航空便の増加が期待され、航空貨物の増大が見込まれます。空港近傍に国際航空貨物対応の大型物流施設を開発することで、我が国の経済活動の活性化に寄与する施設を目指しています。また成田空港を補完する機能として整備していきたいと考えています。

計画建物の本格検討はこれからですが、現時点の計画では10万坪を超える建物規模となっており、かなり大掛かりな事業です。本計画は16号沿線内に限る当社の物流施設クライテリアとは別物であり、物流施設と言わずコンビナートと呼んでいます。

――  楽しみですね。最後に、LNEWS読者にメッセージを。

黒部  当社はできるだけお客さんのニーズに合った建物を作りたいと日々努力しています。組織が小さい分、土地の仕入れから設計、営業と一気通貫のチームです。午前中に商談に行って、興味を持ってくれたお客さんから「こうできない?」と言われたら、午後帰社してすぐ設計に手を入れてみる、そんなスピード感と柔軟性のある会社なので、社内の意思決定も本当に早いです。テナント側の当事者意識をしっかり持って対応する会社だということをお伝えしたいです。当社のチームが作る物流施設が、読者の皆さんのお役に立てる日が来ることを切に願っています。

取材・執筆 稲福祐子 山内公雄

<本社エントランス前で>20240925hulic08 - 物流最前線/スピードと柔軟性に徹す ヒューリックのトガった立地戦略

■プロフィール
黒部 三樹(くろべ みき)
1962年生まれ
1986年3月 名古屋大学工学部建築学科 卒業
1986年4月 日本設計 入社
2003年4月 同社 退社
2003年5月 三井不動産 入社
2022年3月 同社 退社
2022年4月 ヒューリック バリューアッド事業部長
2023年4月 当社 執行役員 バリューアッド事業部長
2024年4月 当社 常務執行役員 バリューアッド事業部長

■ヒューリックWebサイト
https://www.hulic.co.jp/

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